みずおかにっき  iTACへ  

2000年6月30日(金) 今年も半分終わり。
2000年6月29日(木)
2000年6月28日(水)
2000年6月27日(火)三宅島 昨夜から我が家の地震計が頻繁に地震発生を知らせるアラームを出している。 ・・・実は,地震速報Webを自動Web巡回ツールでチェック 前回昭和58年の三宅島噴火も鮮明な記憶がある。 溶岩流が学校を襲っていた。 大事に至らなければいいが 前回の噴火と違い, i-modeなどで情報が個別に伝わっているだろう。
2000年6月26日(月)終了 10:30荷物を置き場所に戻す。 11:30レンタカーを戻す。 これで大阪実習,完全に終わり。
2000年6月25日(日)大阪実習 光,VLANで不完全燃焼 光の威力を実感していただけない 不本意。 アドリブで切り抜けるが 特に実機実習, 最後のVLAN体感は時間の関係で打ち切らざるをえなかった。 自己満足で終わっていないだろうか。 反省点が多い。 午前1:30無事に自宅着 たぶん実習参加者で一番遅い帰宅であろう。 疲労困憊,即刻就寝
2000年6月24日(土)大阪実習 緊迫の2日が始まった。 1日目,無事終了。 OFF会へ 頭の中は1日目の反省と2日目のシナリオ組み立てでいっぱい 会話がうわのそらになってしまう。 2次会主力組は京橋に流れたが, 名古屋のかた7名と近場の居酒屋に行く。 時間は短かったが話しがはずむ。
2000年6月23日(金)大阪へ 荷物を積み込み大阪に向けて出発 順調に西へ向かう。
2000年6月22日(木)
2000年6月21日(水)握力 最近握力が弱ってきたせいか, チョークやマーカペンをつかみ損ねることが多くなった。 単に老化現象か,それとも不注意か おっと,不注意のほうが深刻だ
2000年6月20日(火)MobileP−in不調 MobileP−inが不調だ。 土曜日から接続できない。 Mobileができないみずおかは, クリープだけのコーヒーのようなもの 音声通話もできない。 どうやらハード故障のようだ。 買って9ヶ月しかたっていないのに 消耗品なのか ま,しょうがない。 MobileP−inを新調する。 買い換えて,快調そのもの。 やはりハード故障だった。
2000年6月19日(月)不在者投票 25日(日)は大阪実習で不在なので,練馬区役所に不在者投票に行く。 これまで投票には何十回か行ったが 初めて「ご苦労様でした」と係員から声をかけられた。
2000年6月18日(日)東京S7回目 お昼休み,純正メロンパン(メロンもどきパン)の差し入れ。 ありがたい。 1918年はシベリア派兵と米騒動だった。 いかん,ライト兄弟はもっとその前だった。 訂正せねば。 本質ではないが。
2000年6月17日(土)雨 今週土曜も雨。 土曜日が雨は何回続いているのだろうか。 ITECからネットワーク予想問題集,本試験問題が届く。 「夏らしい涼しげなデザインだ!」感想はこれのみ
2000年6月16日(金)電通主任 NSP塾実習準備で何かとあわただしい。 気を使うことが多い。 光ケーブルも無事に借用することができた。 物的なものはすべて揃った。 あとは実行あるのみ。 これから1ヵ月半,緊張が続く。 そんな中,7月23日の電通主任試験に向けて勉強をはじめる。 残るは法規1科目だけ。 落ちるわけには行かない。 試験時間は40分。試験が終わったら仙台に行こう。
2000年6月15日(木)除湿機・メロンパン(続き) 各方面から除湿機およびメロンパンについての多くのアドバイス,反響をいただいた。  「除湿機よりも乾燥機の方がいいですよ」  「除湿機はふとん乾燥機の代わりになりますよ」  「乾燥機を差し上げます」  「うちも○○社の除湿機買いました」  「除湿機なら2〜3万円台がおすすめ」  「洗濯してください」  「生活じみていて先生のイメージが変わりました」  「メロンパンにメロン果汁果肉は邪道に同感」同様5通  「○○のメロンパンは絶対におすすめ,騙されたと思って」  「ここなら昔ながらのメロンパンがある」  「コッペパンの思い出」 などなど ありがたい。感謝です! しかし,除湿機の購入を考えているうちに 洗濯もせずに梅雨が明けそうである。
2000年6月14日(水)過去問分析 早くも過去問分析に入る。 まずは受講生の皆さんが問題アレルギーを起こさないように
2000年6月13日(火)除湿機 今日も雨。 9日に入梅して以来5日連続雨。 それも,梅雨前半らしく,しとしと雨。 傘をさすか迷う雨だ。 明日も雨だろう。 梅雨だから雨が降り続くのは当然だが なぜか今年は本当に梅雨らしい。 梅雨の教科書どおりの梅雨だ。 となると梅雨後半は大雨になる? 除湿機,まだ買っていない。 梅雨が明ける前に買わねばと思っているのだが そういえば,梅雨に入ってから,まだ一度も洗濯をしていない。 除湿機が先か,洗濯が先か
2000年6月12日(月)メロンパン 最近メロンパンがブームだそうな。 雑誌やテレビのドラマで取り上げられたそうだ メロンパンって単純にパン生地の上にクッキー生地を乗せて メロンのようなメロン柄の網目模様をつけて焼き上げたもの。 できあがりがメロン形状に似ているのでメロンパン ものはためしと雑誌やテレビで紹介されているとの噂の 池袋西武百貨店地下「ルノートル」の メロンパンを購入してみる。 (雑誌では行列ができる店と書いてあったが閑散としていた) 久々に食すると,ちがうぞこりゃ これはメロンパンではない。 メロンの味がしないのがメロンパンなのだ。 パサパサしているのがメロンパンなのだ。 ポロポロかけらがおちるのがメロンパンなのだ。 だまされていることを知っていて食べるのがメロンパンなのだ。 メロン果汁をいれたメロンパンはメロンパンではない。 ケーキ,豚まんのようなメロンパンはメロンパンではない。 メロンクリームの入ったメロンパンはメロンパンではない。 せっかく懐かしさに浸ろうと100円投資したのに でも,おいしかった
2000年6月11日(日)大阪S7回目 うーーむ 不完全燃焼 伝えたいことの半分しか伝わっていないような気がする。
2000年6月10日(土)実習リハーサル やっぱこういうときの差し入れのハンバーガはおいしい。
2000年6月9日(金)入梅 南西の風が強い一日だった。 南西の風だと,箱根の山が雨雲をさえぎるので 東京地方は強い雨にはならない。 平年並みの入梅 これから汗をたくさんかく季節だ。 洗濯物も増える。 在庫がなくならないかぎり洗濯をしない。 室内干し。 間に合わないときは生乾きのまま履くこともある。 除湿機でも買うとするか。 それも強力なやつ。
2000年6月8日(木)ツキがない 今日は豊海(月島の隣)で講師。 鉄道が走っていないのでバス。 帰路,バスで新宿に向かう。 渋滞でなかなか前に進まない。 それにつれてバスの乗客も増えてくる。 車内が蒸し暑くなる。 さいわい,途中で席に座れた。 モバイルをはじめる。 渋滞のおかげでP-inは切断されずに快適通信。 asahi.comを見た。 そっか,今日は小渕元総理の葬儀だ。 クリントン大統領も来日しているらしい。 このバスは日本武道館,迎賓館の近くをとおる。 そりゃぁ混むわけだ。 約15Kmの道のり,本来なら30分程度のところが 2時間以上かかった。 ちょっとした長旅だった。
2000年6月7日(水)最初からベテランなんていない 「会社で仕事をしてれば自動的にお給料が入る。」 会社から給料をもらっているのではない。 お客様から給料をいただいているのだ。 技術者にも営業的センスが必要 技術がない技術者はもってのほかだが 自己満足の技術者も言語道断。 スペシャリストになるのは容易だが スペシャリストからゼネラリストになるのは難しい。
2000年6月6日(火)誇り 自分を安く売ってはいけない。 別に単価を下げるなということではなく, 自分の発言に誇りをもとう。 簡単に撤回してはいけない。 突っ張って生きるなら。
2000年6月5日(月)休日 今日と明日は,私にとって休日。 今朝は8時間は寝ただろうか。 睡眠過多というのも甘美なものである。 休みとはいえ,iTACのメンテナンス,メールのやり取りなどなど あっという間にお昼だ。 洗濯,クリーニング,掃除をしなくては思いつつ 身の回りのことは何もできない。 また部屋の掃除は先延ばしになるは, 着替えがないので新規購入せねばならないし。 といいながらも,朝飯は先日買い込んだグリーンピースで 「豆ごはん」を炊く。 おかずは,納豆と目玉焼き。 納豆は賞味期限ぎりぎりだ。 先日スーパーで4パック98円の特売品を買ったのだが, 食べきれずにそのまま出張続きで賞味期限がきてしまった。 しかしこの賞味期限ぎりぎりがうまいのだ。絶妙な粘り, これで1パック単価25円,納豆好きでよかったと思う今日この頃
2000年6月4日(日)東京Sコース6回目 今朝は2時間しか寝ていない。 ここのところ平均睡眠時間は3時間だろうか。 今日は,自分としては気合が入った講義だった。 補講で強烈な眠気が襲ってくる。 補講を早退する。 21時には就寝。
2000年6月3日(土)大阪補講 S社大阪での講師。 講義後,大阪Rコースの補講,二次会から合流する。 最終のぞみで帰る。
2000年6月2日(金)淘汰 講師も淘汰される時代。 教育会社が講師を選ぶなら 講師も教育会社を選ぶ権利もある。 ほぼ10月15日までの日程が埋まる。 9月15日だけは是が非でも休もう。 そうしないと8月18日〜10月14日まで 58日連続講師になってしまう。
2000年6月1日(木)Bコース受け付け & 名古屋ミニオフ Bコース,受付申し込み開始, 3日は大丈夫だろうと思っていたら0:15の時点ですでに30名の申し込み。 そこでHPを「締切」に書き換えて,申し込みページへのリンクを切った。 そして,0:23「申込受付ファイル」を見たら49名。 「締切」とした時点で,申し込み中だった方が20名近く。 間一髪のところだった。 3時くらいまで整理に追われる。 きっと朝になったらクレームがくるのだろうなと思っていたら案の定,クレームが来た。 今日もT社講義。 T社講義後,新幹線に飛び乗って名古屋へ。 午前0時過ぎまでさわぐ。 今夜も眠れない。 鼻薬やめよう。いつまで続くことか
2000年5月31日(水)降水確率100% 今日はT社講義。 ここの講義をする日は,なぜか夕方から雨 しかも夕立。傘を持っていないから太刀が悪い雨だ。 今日も雨 今のところ降水確率100%
2000年5月30日(火)プリンタサーバ どうやらハードディスクがやられたらしい。 SafeModeで立ち上げる。やはりだめだ Stepごとに立ち上げる。 コマンドベースで立ち上げる。 少しでも寿命を延ばそう。 電気代を考えれば小さなプリンタサーバのほうが経済的かもしれない。
2000年5月29日(月)Linux ノートPCにLinuxインストールにチャレンジ 予想はしていたが案の定CD−ROMドライブ(PCM−CIA)を認識しない。 CONFIG.SYSを書き換えてた。 MS−DOSでCD−ROMを認識する起動用フロッピィを作成した。 そこまでは順調だったのだが 再チャレンジだ プリンタサーバにしている旧旧旧モデルのノートPC(80486)の 調子もおかしい。寿命か?
2000年5月28日(日)大阪Sコース6回目 講師の責任の重大さを痛感する。 事前に組み立てていた内容,頭に描いていたストーリー いつものようにスムーズに出てこない。 ぎくしゃくしてしまった。
2000年5月27日(土)掲示板 教員認定掲示板,荒れてきてしまった これまでの掲示板への不穏当な投稿は,単独であり再発性はなかった。 今回の不穏当な投稿は複数,しかも2人や3人ではない。(IPアドレスより判明) こうなると,経験上,一度荒れはじめると一気に収拾がつかなくなってしまう。 早く手を打たねば 取りあえずは不穏当な投稿の削除。 削除するかどうか迷うものも少なくない。 そして,掲示板管理者のしっかりとした意思表示だ。
2000年5月26日(金)除菌 帰り道,駅前のドラグストアで安売りをしていたので買い込む。 サランラップと台所用洗剤,しめて205円なり。 台所用洗剤には「除菌」と書いてある さて「除菌」とは??? まな板は「抗菌」だし そこで調べてみた。 滅菌:すべての微生物を殺すか除菌した状態にすること。完全な無菌状態にする 胞子や芽胞など休眠状態のものも死滅させる。殺菌とろ過がある。  殺菌:滅菌がすべての微生物の殺滅を意味するのに対して、単に微生物を死滅させることを言う。 消毒:人畜に対して病原性のある特定の微生物を死滅させ感染を防止することで、すべての微生物の殺滅を意味しない。 除菌:微生物を物理的に分別して取り除くこと。一般的には目的とする対象物から微生物の除去を意味し、濾過除菌、沈降除菌、洗浄除菌などがある。 静菌:微生物の活動を抑え、それ以上に繁殖をさせないようにする。微生物の増殖を薬剤があるときだけ阻止すること。例:冷蔵、冷凍 抗菌:静菌と滅菌の中間くらいの効果。滅菌のような無菌状態にはならない。静菌と殺菌を含む。 微生物の増殖を阻止すること。(学術的にははっきり決まっていない) 薬事法で「殺菌」「消毒」の用語を使うことが認められているのは、消毒剤などの「医薬品」と薬用石鹸などの「医薬部外品」だけ。 なるほど! シャンプーを買うのを忘れてた!
2000年5月25日(木)歩く 日経NETWORK7月号の特集記事の打ち合わせ。 「トラブルシューティング特集」 pingの基本操作が中心。 決して裏技ではなく基本技。 写真を撮られてしまった。 床屋に行っておけばよかった。 待ち合わせまで時間があったので健康と地下鉄代節約のため 半蔵門から新宿まで歩く。
2000年5月24日(水)クリームシチュー 今日はOFF NTTで料金を支払いに行ったり クリーニング屋さんに行く 今日はスーパーで牛肉が安かったのでクリームシチューを作る。 カレーライスもビーフシチューも途中までは製造工程は同じ 実はコーンポタージュスープで牛肉のスジ肉を煮込む コトコト ビールに合うんだなこれが 総予算475円(ビール代除く)
2000年5月23日(火)ほごる 最近女子高校生の間で「ほごる」という言葉があるらしい。 携帯に届いたメールを「保護する」という意味だ。 危険的行動をしてしまった。 確信犯だけに心が重い 「ほごらねば」
2000年5月22日(月)MIME 宿題1の解答解説作成,日経NETWORKの原稿作成で 午前中いっぱい没頭する。 日経NETWORKの原稿は,MIMEの説明だ。 UUENCODEにish,base64そしてEUCなど あれやこれや説明を書いていたら 制限数をはるかに超えてしまった。 文章を削るのに一苦労。 部屋が片付かないのと同じで,なかな文章を捨てることができない。 iTAC塾広島Cコース開催を決める。 地元の方々からの強い要望,推進者の登場,懸案の会場確保もでき 条件は揃った。 ただしお盆の2日間の短期集中講座。 内容はかなり濃いいものになるだろう。 お盆帰省を兼ねて立ち寄る予定。
2000年5月21日(日)土手 とりあえず予報どおり昨夜来の雨はあがり,晴れ間も見える。 午後から雷雨になるはずだ。 バーベキューOFF中止で1日ぽっかりあいてしまった。 さて,どうするか 今日は工事担任者試験だ。 受験する人を応援にでも行ってみるかな 問題用紙を見せてもらう いかん,解けない ネットワークとちがって畑違いだと自由がきかない というより試験,合格してしまえば忘却 こりゃ「なんちゃって総合種」だな 河原の土手を歩く。気持ちがいい。 しかしアメダスが気になる。 関東地方北部は,土砂降りだ。 しかし関東地方南部には雨雲がかかっていない。 東京都より北が雨だ。 この天気だったらバーベキューOFFできたかな バーベキューOFF中止, 今日を楽しみにしていた方々やその家族の方々の顔が浮かぶと 心が痛む
2000年5月20日(土)傘がない 朝から雨。 出かけに気が付いたこと。 まともな傘がない。どうしたんだろう? 近くのコンビにまで傘なしで行く。 そこで傘を調達。 今日も企業向けNSP講師。 仙台バーベキューOFFは中止だそうだ。 雨は降らないという予報が見事にはずれてしまった。 明日の関東バーベキューOFFは? 朝は晴れそうだが午後から雷雨かな 関東バーベキューOFF中止を決定する。
2000年5月19日(金)障害解析 今日も自宅作業。日経NETWORK6月号が届く。 今日は、日経NETWORK原稿書きのための調べものをする。 7月号(6月下旬)は、いつものQ&Aと特集。 特集は「ユーザーでできるLANトラブルシューティングの第一歩」(仮称)である。 ping,tracert,ipconfgなどの基本コマンドや簡易フリーソフトで ユーザーはどこまで障害解析ができるか、といった特集記事だ。 もちろん塾のダンプ解析ネタも取りあげよう。 それにしても奥村チヨ、最近よくテレビでみかけるなぁ とりあえず「やっとけばよかった人生は嫌だ」に共感 なぜか「終着駅」と「高校教師」がダブってしまう。
2000年5月18日(木)自宅作業 自宅作業。 気が付けばあっという間に夕方だ。 ・iTAC塾6回目の仕込み ・iTAC塾の実務実習の企画立案 ・昨日買った参考書類を見ながらNSPページの「関連図書ページ」を手直しする。 ・同じく「宿題ページ」を追加する。内容は濃い。 などなど 携帯電話IDOから先月分の請求書が届く。 パケット通信料6,229,400バイトで4,866円 わかってはいるが高いぞ! ギャランティ方式のNTTDoCoMoのP−inとの コストを比較する。 ベストエフォート方式、ことばの響きはいいが要注意 早くもないし・・
2000年5月17日(水)16冊 金券ショップにいく。うん万円を5%引きにて図書券を購入。 うん万円の5%もばかにならない。 その足で本屋へ。 ネットワークスペシャリストに関する参考書、問題集を購入。 (ただし、ことし改版されたもののみ) 全16冊、積み上げると40cm、重量にして30kgはあるだろうか。 持ち帰るのも一苦労。雨が降らなくてよかった。 さっそく昨年の午後問題の解答解説を比べてみる。 当然といえば当然だが、出版社ごとに解釈がかなり違っている。 1問1答に縛られなくて、別解を作成し1問複数答にしてみたり、 思い切って誤答例をあげて、どこが悪いのかを指摘するほうが よっぽど受験生のタメになると思うのだが。 とりあえず過去問題集は、今年初お目見えのオーム社がいい。 何しろ問題中心の構成で解答解説が少ないのが気に入った。 それに2500円とほかの過去問題集(4000円近くになる)より かなり安い。 推薦するとしよう。
2000年5月16日(火)痛院 耳は、週1〜2回の通院(←痛院)で、聞こえについては違和感がなくなった。 いまだ平静になると耳鳴りが気になる。 ここ2週間、症状が変わらないので通院をやめようと思う。 愛機DynaBookを入院に出す。しばらくのお別れだ。
2000年5月15日(月)先生 午前8:45 某私鉄の駅前。 遠足らしき小学生低学年の集団。 「はい一列に並んで」と先生の声 改札前に一斉に一列に並ばれたら 小学生の壁によって改札口を封鎖するかたちになり横切れなくなる。 改札に向かうには大きく迂回しないといけない。 思わず「そこに並んだら通れませんよ」と声をかけてしまった。 ラッシュが一息ついた時間とはいえ、人通りは多い。 「こんな時間にここに並ばせるなんて非常識だ」と同調の声。それも複数。 「あ、よかった。」自分だけではないとほっとする。 相当先生のプライドを傷つけたらしく「むっつり」していた。 謝罪もないし、意地になってるらしく小学生への指示もない。 小学生が気を利かして道を作ってくれた。 私は先約があったので、その道をありがたく通過したが、 同調された初老の紳士が学校名を確認していたようだ。
2000年5月14日(日)東京Sコース5回目 東京Sコース5回目 ダンプ解析に磨きをかける。 出席された方は感づかれたと思うが 4回目の解析はIP 5回目の解析はTCP なのである。 ダンプに小技を数々仕掛けているのだが 自分でも忘れてしまっている。 指摘されて気がつく。 ※パケット111とパケット112のシーケンス番号
2000年5月13日(土) 大阪、某会社の1回目。 4月までDSP向け研修をやった会社だ。 6名、さてさて
2000年5月12日(金)
2000年5月11日(木)はしご 今日は打ち合わせの「はしご」、 出されたお茶やコーヒーは全部飲み干す。 トイレが近くなる。
2000年5月10日(水)暑い 暑い。夏だ! JR東日本御中 お願いです。暑い日には冷房をいれてください。 せめて送風だけでも 西武鉄道は冷房が入ってました。
2000年5月9日(火)両国 打ち合わせのあと両国で打ち合わせ。 両国は相撲の季節だ。 パソコン価格情報を見る。
2000年5月8日(月)DynaBook故障 愛機DynaBook、 7日の講義中に突然、液晶画面が暗くなった。 きっと輝度調整のスイッチ設定がOFFになったのだと あれこれ探して試してみたが暗いまま。 CRTにつないでみるとちゃんと表示される。 事実(故障)を事実(故障)として認識するまでに時間がかかった。 東芝サポートセンターに電話する。 「サイドライト用の冷陰極管の消耗」だそうだ。 四六時中、画面を表示していたから無理もないか。 修理費用は、保証期間内だから無料だが 修理期間、カスタマイズしたPCが手元になくなるのがいたい。 さて、どうしたものか しばらくはCRTにつないで使うことにしよう。
2000年5月7日(日)大阪Sコース5回目 私は世間よりも1日早く、今日(7日)がGW明け。 これから秋のNSP対策に向けて始動開始。 自己満足ではあるが、 今日のダンプ解析は会心の一撃だった。 TCP/IPをいかに理解していただくか 構想1年。 参考にするため、他のTCP/IP研修も聞きに行くが どれも当たり障りのない研修ばかり。 「テキストに書いてあるFINについて詳しく説明して下さい」と質問する。 「それは使われていないから覚えなくてもよい」との解答。 ・・・必ず使われるのに・・・ テキストをただ解説しても印象に残らない。 まずは印象づけなければ やはりリアルな生データの解析だ。 そして、塾の講義内容の流れを考えながらダンプを取得する。 どうせやるなら作り物でない生データだ。 しかし、なかなか意図したダンプを取得できない。 塾で使えるダンプを取得するのに丸1日かかった。 実際、ダンプ取得時間は2分。 ダンプ取得を開始してから、時間が立てばたつほど ゴミパケット(本当は重要なのだが)が混ざってくる。 ダンプ取得を開始したら手際よく進めなければならない。
2000年5月6日(土)王様のブランチ 手帳をみると5月7日から10月15日まで すべての土曜、日曜、祝日に予定が入っている。 しばらく10月下旬まで土曜は休めない。 「王様のブランチ」(毎週土曜昼のテレビ番組)を見ておくことにしよう。
2000年5月5日(金)プロ野球 面白くなってきたぞ。特にセントラルリーグ。 オリックスも強いなぁ 1 横浜   14 12 1 .538     1 オリックス 17 8 0 .680   2 広島   15 13 1 .535 0.0   2 西武    15 10 0 .600 2.0 3 ヤクルト 13 12 1 .520 0.5   3 ダイエー  14 12 0 .538 1.5 4 阪神   13 13 1 .500 0.5   4 日本ハム  15 13 0 .535 0.0 5 巨人   13 15 0 .464 1.0   5 近鉄    9 17 0 .346 5.0 6 中日   12 15 0 .444 0.5   6 ロッテ   8 18 0 .307 1.0
2000年5月4日(木)今日の運勢、危険計画 野次馬的血が騒いだのか けっきょく朝までバスジャック報道のテレビを見てしまった。 今朝、携帯メールに届いた今日の運勢は、「最悪」であった。 案の定、スーツに着替えて宇都宮まで出向く。 クレーム処理だ。 ひたすら謝り、今後の善後策を考える。 予定外の行動。
2000年5月3日(水)ゴスペル ふとお昼、NHK教育の「ゴスペル講座」(趣味悠々ゴスペルを歌おう)を見いってしまう。 アナウンサー自身も生徒になって歌っているところが面白い。 本格的なゴスペルを聞きに行くかな。 プロ野球デーライトゲーム。5試合どれも見ごたえがあった。 テレビのチャンネルを頻繁に切り替える。 と、バスジャックのニュース速報。 深夜までチャンネルを切り替えずに見入ってしまう。
2000年5月2日(火) 休みとは言え、けっこうやることがある。 「ONE PEACE」を読み始めることができない。 夕方より前々から約束のあった男4人で飲みに出かける。 2次会は、喫茶店。 他3名はパフェ、しかもクリーム増量サービス 自分一人は、もくもくとワッフルをつまみにビールを飲みつづける。 「新宿歌舞伎町メインストリート沿いの地下」 「あまりにも大量のクリーム」 「価格の安さ」 というあまりにも大きなギャップに、 一瞬、まともに生きて帰れるのかと不安がよぎる。 その不安も取り越し苦労だった。 4人全員の満足度が高い、新宿歌舞伎町の超穴場スポットだった。
2000年5月1日(月)第7期 今日から5月。 今日からiTAC第7期スターとということで 午前0時からiTAC掲示板などを作りかえる。 けっきょく午前中、他の電話連絡などが頻繁に入り お昼までかかってしまった。 午後、 「ONE PEACE」13巻が28日に発行されたということで 第1〜12巻をBOOKOFF(古本屋)で購入。 第13巻を書店で購入。 さぁ読むかと思ったら強烈な眠気 午後3時、そういえば昨夜帰宅してから寝ていない。 ちょっと一眠りするか。 午後6時目がさめる。 あまりにも暑かったの。毛布を蹴飛ばしていた。 もう目の前は夏なのだ。 毛布をクリーニングに持っていく。
2000年4月30日(日)淡路花博 「花博」、花園をイメージしていたが 芝生広場が広い広い。 「花博」というより「芝生博」と呼んだほうがあっている。 個人的には、こういう催し物は大好きである。 ゴールデンウィークとあって、人人人人人人 しかも年齢層も高い。 入り口ゲート。 一番すいているところを目指して並ぶ。 ふと後ろを振り向くとずらっと行列が出来ている。 数少ないパビリオンも軒並み30分程度待ち。 博覧会にしても少ない方か。 昼からブルーインパルスの展示飛行もあった。 夜、東京へ。午前0時頃帰宅。 それにしてもJR三宮駅みどりの窓口駅員の不手際(LIFO)
2000年4月29日(土)大阪S4回目 去年よりパワーアップしたダンプ解析。 夜、補講がある。 補講後、うわさの「天下一品」に入る。 こってりスープを頼むが、常連さんらしき人達は皆あっさりスープを頼んでいる。 ちょっと不安になる。 評判どおりのこってりスープ、どろどろスープでこってり感はあるが 「コク」がない。 私の口にはあわなかった。 もう二度と「天下一品」に行くことはないだろう。 今度は、隣にあった薩摩ラーメンに行ってみよう。
2000年4月28日(金)レールスター レールスターに乗る。(山口→大阪) 700系車両で「のぞみ」なみの速さで料金は「ひかり」。 しかも普通車は4列シート。 パソコン用のオフィスシートを予約。 今回、山口ぷらっと帰省はレールスターに乗るためでもある。 東京→山口→大阪(NSP塾大阪S4回目) そのためにPacketOneも用意したのだが あと気圧差にも期待していたが・・・ 車両の最前列のシート。脚が伸ばせない分 テーブル(重量10kgまで)の面積が、普通の座席の2倍ぐらいある。 AC100V2A電源もある。 これで、インターネットに常時接続できるRJ−45あれば申し分ないのだが 元々各車両の最前列は、前が壁で脚が伸ばせないし圧迫感があって 窮屈な席である。 そこで、オフィスシートと銘うって、電源を用意して仕事させれば 脚も伸ばさないだろうし、それに元々電源は掃除用であったのだから そう大した投資ではないだろう。 まぁJR西日本のアイデアは買いましょう。 それにしてもJR西日本とJR東海、仲がいいのか悪いのか けっきょく、新大阪までオフィスシートでパソコンを開いていたのは 私だけだった。 山は新緑。いろいろな緑色がある。
2000年4月27日(木)飛行機 青春18の時期ではないので、空路で山口へ 今は、便を選んでしかも早めに買えば 新幹線より飛行機の方がかなり安い。 ただし便の変更不可かつ、キャンセル料が高い。 便を選ばず直前に買うと飛行機は、かなり割高。 いずれにしても貧乏人は飛行機に乗れと言うことか 持ち物チェック、今日はやたらと厳しかった。 リュックに入れたノートPC、 普段ならば金属探知機を通過すればOKなのだが、 今日は、係員の指示で、リュックの中からノートPCを取り出す。 蓋を開けて、電源まで入れて それがノートPCであることを確認していた。 もちろん電源ケーブルも丹念にチェック 何かあったのかな いや人相風体が悪かったのかな 窓際、しかも翼を避けて後方の席を取ったが あいにく湿潤な気団の流れ込みで低層の雲ばかりで、 景色は楽しめず。富士山も見えず。 雷雲(上昇気流)があちらこちらにあるということで、まぁよく揺れた。 高所恐怖症の方はたまらなかったであろう。 実は、「気圧の変化で耳の水が抜けて耳鳴りが治った」という 投稿を某HPで見た。 5%ぐらい期待していたがやはりだめだった。 航空機内の気圧調整は万全だった。 今度、高度差の大きいロープウェイにでも乗ってみよう。
2000年4月26日(水)PacketOne 注文していたCDMA/ONEのPacketOneカードが 届いたということで取りに行く。 設定完了後、さぁ繋ごうと思ったらSo-netは PacketOneに対応していなかったことが判明した。 ショック
2000年4月25日(火)ヒカルの碁 第1巻から第6巻まで一気に読む。次の巻は6月か 駒込で「碁OFF」でもやるかな ついでに「ONE PEACE」 第1巻から第12巻まで買い込む。
2000年4月24日(月)NSP始まる 早くも10月をむけて企業のNSP研修が始まる。 研修開始に先立ち、担当部長の訓話。 NSP合格は、この超大手子会社の生き残り戦略 ひしひし伝わる。 NSP研修開始早々、明日からはしばらく休みが続く。
2000年4月23日(日)東京S4回目
2000年4月22日(土)通りぬけ 今日は天気がよかったので、 毎年恒例の大蔵省造幣局桜の通りぬけに行った。 人人人の列、幸い桜の花は頭上にあるのでよく見えた。 2000年コインセットを買うために並ぶ。 平成12年の1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉が 1枚ずつ一つのケースに入ったセットものだ。 今年は500円玉は切り替え中なのでセットに含めていないらしい。 ということで原価は少なくとも166円である。 たぶんケース代込みでも500円ぐらいであろうと思い長い列に並ぶ。 今日は、原価計算ばかりで待ち行列の計算などしなかった。 延々30分待っただろうか。 ようやく発売所にたどりついて、売価を聞いてビックリ 1300円 原価の8倍だ。 なんとあこぎな商売を 最初から1300円とわかっていれば並ばなかったのに 縁起ものと自分に言い聞かせてあきらめて1セット購入する。 桜は、もう散り始めで盛りは過ぎていたが 桜にもいろいいろな種類があるものだと感心する。
2000年4月21日(金) 今日も朝から雨。 水道橋TACで打ち合わせ。 打ち合わせ後「餃子の王将」で昼食。 質より量だ。
2000年4月20日(木)日経NETWORK 日経NETWORK創刊号が手元に届いた。 本になってみると壮観である。 182ページ「ここがクエスチョン」 名前が載ると何だか照れくさいものである。 「今月の解答者」ではあるが「来月の解答者」でもある。 昨日、原稿をを書き上げた。 名前は出ていないが80,81ページの企画は 昨年のNSP実務実習と同様である。
2000年4月19日(水) この1週間は、休養兼ねて打ち合わせなどは すべて来週以降に回して自宅作業と決め込む。 不摂生な毎日である。 しかしそう休ませてももらえない。 ・電話連絡 ・原稿書き ・NSP塾4回目の仕込み(問題、解答作成) ・請求書 ・iTACサーバのメンテナンス 自宅作業は気楽ではあるが、からだが馴染めない。 一日誰か人と接していないと不安になる。 早くも土曜日からNSP講師。 秋に向けて再始動である。
2000年4月18日(火) 試験が終わって2日目。 暇になると思っていたら逆。 「それは試験のあとで」と、 やり残していたことのツケがまわってきた。 元々やらなければいけない事だったので自業自得だが。 朝から60通近くのメールを書いたり原稿を書く。 15時前にようやく一息つく。 病院に向う。 今日の予想待ち時間は15分。さて
2000年4月17日(月)待ち行列 7時起床。久々の朝寝坊だ。 朝一番に病院に行く。 その道すがらスーツやコートをすべてクリーニングに出す。 しばらくは礼服以外のスーツの在庫がない。 急に打ち合わせが入ったら礼服で行くことにするか さて、精密検査。 相変わらず待ち行列が長い。 呼ばれた順を見ていると必ずしも到着順ではない。 SJFかフィードバック待ち行列のようだ。 平均待ち時間は短くなるはずだ。 よって今日は検査なので遅めになる。 こんなに待たされるのなら本を持ってくれば良かったと悔やむ。 あまりにも暇なので、到着人数、サービス人数をカウントしてみる。 聴力検査に加え 音叉を使って反響を調べているようだ。 粘っこい液がたまっているようだ。 毎日の通院が無理ならば、 手術→鼓膜を切って中の水分を吸い出すらしい。 しかし今日からしばらくは時間が取れるので 通院で対処することにした。 鼻から細い針金を耳に向けて突っ込む。 それとは別に空気を鼻から耳に送り込む。 いずれにしても耳管をあけて中の液を 吸い出しているようだ。 けっこう痛い。涙が出てくる いっそのこと切った方が早く楽になっていいのかなと思う。
2000年4月16日(日)終わった 04:00 起床 いよいよ今日は試験日。iTACにとっては今日が大晦日 iTACのトップページ、一部掲示板を作りかえる。 07:30 出発 昨夜来の冷たい雨が振り続いている。 試験会場までは電車で10分。ドアツードアでも30分。 途中いつもの松屋で朝食。 コンビニでお茶のペットボトルと丸ごとバナナを買う。 08:30 試験会場 1時間前到着。試験監督のアルバイトの定刻は08:30のようだ。 遅刻しそうなアルバイトが続々と会場に入っていく。 今日の受験目的はDSPの解答例速報作成のための問題用紙取得。 全国17000人の受験生の中で一番不謹慎な動機。 09:30 午前開始 午前は1時間経過しないと退室できない。 試験会場で全問解くことにする。 今年は計算ものが多い、電卓が大いに役立つ。 1問1分ペース。 10:45 退室 さっそくノートPCにて午前解答例速報入力。 11:07 午前UP ちょっと早いけど近くの吉野家で牛鮭定食の昼食。 会場に戻ってみなさんが出てくるの待つ。 12:00 午前終了 前庭でたむろしていると、iTACメンバが集まる。 もちろん午前解答会わせ。 他の会場のiTACメンバ、大阪からも連絡が入る。 それよりも仕事で教えに行った先のかたがたくさん。 あちらこちらで輪ができている。 軽く会釈される。なぜかてれくさい。 なぜ私がここにいるのか? ちょっと場違いな感じであろう。 次回からは受験会場を変えよう。 13:00 午後1開始 取りあえず問題と取り組む。途中退室はしない。 比較的基礎的な問題。 解答用紙よりも問題用紙に解答を書き込む。 14:30 午後1終了 朝から水分を過剰摂取したようだ。 トイレにかけこむがすでに待ち行列。 14:50 午後2開始 退室許可時間30分で退室することにする。 解答用紙に下書きしてから、問題用紙に書き込む。 ん?逆だ。 設問1の概念モデル、設問2まで記入したところで 退室許可のアナウンス。 15:20 午後2退室 さっそく近くのSTARBACCSに入る。 問題用紙に記述した解答例をもとに解答をもう一度確認しながら ノートPC入力。 午後1はテーブル構造等がありHTML作成に苦戦する。 16:37 午後1UP 午後2の一部もUPする。 あとはiTACのメンバが会場を出てくるのを待つ。 16:50 午後2終了 iTACのメンバと合流。渋谷勤労福祉会館を目指す。 財布の中にお金が1000円少々しかないことに気付く。 ここのところ財布の中身を気にしていなかった。 渋谷駅前の銀行でお金を卸す。これで打ち上げに出席できる。 17:35 解答例速報センターに到着 一種組がすでに解答あわせをしている。 さっそく午前答え合わせに入る。2問修正。 午後1に入る。 午後1はほぼ作成していたので確認のみ。 午後2に入る。 黒板に解答例を書いていただいて みなさんで議論、確認して ノートPCに入力する。 あまり議論が進むと終わらないので、 一方的に打ち切ることも 入力次第UPするが電波状態がよくない。 窓際で接続する。 この時点ですでにiTACサーバがかなり重くなっている。 ATC。さんや力波さんなど懐かしい顔顔顔 しかし、解答例作成パニック状態で話しができない。 20:00 解答例速報センター終了 最後のUPを済ませた。 これでiTAC塾第6期の行事はすべて終わった。 打ち上げ会場へ 解答合わせは続く。 ATC。さんから米国みやげ ヒロチェンコさんから幻の銘酒 感謝。 22:30 打ち上げ終了 途中渋谷駅で皆さんとはぐれてしまう。 23:30 帰宅 解放感といっても次の日曜はNSP塾 頭を切り替えてネタを仕込まなければ
2000年4月15日(土)
2000年4月14日(金)
2000年4月13日(木) 春試験向け対策講師も一息超えた。 残すは15日のiTAC一種塾最終回。 午前中、クリーニングに行ったり銀行に行ったり 本屋で久しぶりにネットワーク関係の本を1冊買う。
2000年4月12日(水)アソビ、ヌキなし 今日の研修先の受講生は、6名。 みなさん最前列、2列目に座っている。 キチンとホワイトボードの内容をノートに取られている。 居眠りもしない。 私の話すことを聞き逃さないぞとメモメモ。 あたりまえなのだが、前日までが前日までに新鮮に見える。 時期が時期だけに朝から飛ばす。 かなりの情報量を詰め込んだ。 いわゆるアソビ、ヌキがない講義。 私も15時以降は体力的にきつい。 最後に16日の天気予報をして終わり。(東京の降水確率30%) 肉体的には相当きつかったが充実した1日であった。 「私も15時以降は体力的にきつい。」 息苦しかった。 中耳炎のせいだろうか 右耳は相変わらず。 夜、今年初めてプロ野球をじっくりテレビで見る。 息詰まる投手戦。 川崎と野村、意地と意地の張り合い 川崎のシュートが素晴らしい。 魅せてくれる。これぞプロ。 打撃戦よりも面白い もう少し応援が静かなら、野球が楽しめるのだが 16日過ぎたらナイター見に行こう。
2000年4月11日(火)柏餅 東京地方の桜は、昨夜の雨と風でだいぶ散ったようである。 緑の葉っぱが目立ってきた。 毎年のことではあるが今年も花見らしい花見ができなかった。 せめて「桜餅」や「柏餅」で季節感を満喫しよう。 今日で、このやる気の無い会社の研修講師が終わる。 私にとっては長くつらかった。 やはり今日も簡単な問題「さ、解いてみましょう」と言っても 顔を上げたまま、解こうともしない。 むしろ迷惑げである。 終了後、「研修担当者から何人合格できるでしょうか?」という質問 「残念ながら0人良くて2人」と答える。 2人でもかなり水増しした数である。 「なんとか多数合格してほしい」という 研修担当者や上層部のご意向も良く分かるのだが 最初から勉強しようという態度の無い受講生に対して 勉強させようとしても無理がある。 「悪貨は良貨を駆逐する」を地でいってるようなもの 会社全体の情報処理技術に対する価値観、意識を変えなければ。 せめて、私が鼻に手を持っていた回数を細かく記録してるのならば それについて正規化していただきたいものである。 教育営業会社()には、 もうこの会社の研修講師は勘弁と懇願する。
2000年4月10日(月)鼻に触る 今日やる気の無い会社。 週の初めからここだと気が重い。 講義中、隣同士で時折くすくす笑う二人がいる。 筆談しているようだ。 何をやってるのかと思えば どうやら私が手を鼻にやる回数を数えているらしい。 にらみつけても、一向に効かない。 やっぱり講師は貴重な情報源ではなく 単なる出入りの一業者扱いなのだろうか。 「PSWは・・」 「最適化は・・」 直前なので暗記物を印象づけようとしているのに いくら力説しても、丁寧に解説しても たぶんその人達は私が手を鼻に持っていた回数だけしか 印象に残っていないのだろう。 無気力、無関心、無反応 ホワイトボードのマーカが薄い。 しかしマイマーカペンを使う気すらおこらない。 1日が長い、苦痛である。 窓の無い部屋。せめて外の景色が見えれば気が晴れるのだが
2000年4月9日(日)2週間 右耳、ノイズは拾ってるらしい。 しかし、音声周波はフィルタリングがかかっているようだ。 耳鳴りし始めて2週間。 耳鳴りに慣れてきた? 人の右側に立つ、声をかけたら左耳を傾ける 自然としているようだ。 右耳の不快感のストレスが爆発しているかもしれない。
2000年4月8日(土)火中の栗最終回 火中の栗、DSP講義最終回。 既に一種取得済みの新入社員4名も合流。 新入社員、うち2名、独学(通信講座)とはいえ なかなかスジがあるではないか。 1日があっという間 17時までの講義予定が18時までとなる。 やる気が「ある」のならヤリマスヨ ギャラはいりませんから やる気が「ない」のならヤリマセンヨ ギャラはいらないから けっきょくお金持ちにはなれない性分である。
2000年4月7日(金) 大阪、mitsuさんの会社でDSP講師。 夜、大阪スタッフと会食
2000年4月6日(木)怒る A社(システム会社)からB社(教育営業会社ではない)へ 一種研修の依頼があった。 そこでiTACのCさんを紹介した。 2クラスあるのでB社は別ルートでD講師にも依頼した。 ここまではよくあるケース。 今日はCさんが「急遽打ち合わせに呼び出された」と言っていた。 てっきりユーザであるA社に行ったものかと思っていた。 しかし打ち合わせ場所は、なんとD講師の勤務先。 しかも東京都心から40kmも離れたところ どういう意図でCさんをD講師の勤務先に行かせたのか B社に問い詰めた。 「講師間の顔合わせと講義内容の打ち合わせ」だったらしい。 ◎講義内容の打ち合わせ? D講師としてはCさんの意見を聞きたかったらしい。 しかし、議論ではなく、ただ 「一種は直近の問題は出題されないので平成8年9年の問題をやりましょう」 というD講師からの一方的なもの。 それならば電話でもFAXでも可能である。 (D講師はE−mailの習慣は無いそうだ) それに最近の一種は1年前2年前の問題がそのまままたはリメイクされて 出題されている傾向が高い。 10年11年をやったほうがより効果的だと思うのだが ◎顔合わせ? どうみても、D講師の権威を誇示されているように見える。 しかも急に40km離れた場所まで呼びつけるということは 講師経験の浅いCさんに自分の地位を確認させたかったのであろう。 かつて一度、1時間ではあったがD講師の講義をみたことがある。 D講師は失礼ながら、いわゆるいい講師ではない。 ほとんど板書しない。座ったままで解説書を棒読みされている。 D講師は、講義中にD講師本人が居眠りをしていたとも伝え聞いている。 私が別の講師を練馬まで呼んだことは、この10年一度も無い。 ぜひ一度D講師を練馬に呼んでみたいものである。 いずれにしてもスポット的な研修で、 講師が別講師を必要性もなく呼び出すとは言語道断。 CさんをD講師の勤務先に行かせたB社に厳重抗議をした。
2000年4月5日(水)新入社員 ことし4月に入社された方への二種対策講座。 某社の一種対策とはやる気が違う。 試験後も持続してくれればいいのだが いよいよもって右耳の聞こえが悪くなる。 携帯電話を右耳にあてがっても機械音以外は聞き取りにくい。 左耳は正常なのだが 耳鳴りも相変わらず。 正面または左側の人とは普通に会話ができるが 右側だと声をかけられているのは分かるのだが判別しにくい。 耳以外はいたって健康なのだが。 滲出性中耳炎を経験されたかたからメールが届く。 「簡単な手術だし、すぐに治るので一刻も早く手術を」とのこと。 生まれて初めての中耳炎、しかも滲出性という聞きなれない病名。 このまま一生、聞こえが悪いままなのかも、と弱気になっていたところへ すぐ治るとのメール 心強い Xデーは4月17日か 痛そうだ
2000年4月4日(火)NSP塾申し込み 午前0時の時報を聞いて、 申し込みページを書き変えようとするがかえるが異様に重い。 すでに殺到か。 書き換えるのに3分かかった。 午前0時20分時点ですでに100名近くの応募 受付処理は手作業。 申し込みFormで自動的にCSVファイルに追加される。 それをコピーしながらHTMLファイルを作成し、 申請されたメールアカウントに受付受理のメールを送る。 メールが届いたかどうか確認する。いわゆる本人確認。 2月1日にSコースの受付で申し込み殺到を体験していたので 手作業も慣れたもの。 それにしてもコメントや受験動機を読んでいると NSPに対する熱気いや殺気すら感じる。 午前3時頃、一通り皆さんにメールを送って、 ReturnMailが返ってこないことを確認する。 Web上の名簿作成完了、点検も完了。 と思いきや、間違って別コースを押してしまったというメールが届く。 午前4時、一息ついたので6時までちょっと寝る。 午前9時からは講義。 講師をしながら、受付処理をしていた。 なぜか演習問題が多かったようだ。 予想どおり昼前に東京Aを締め切りとした。 しかし、名古屋Aの午前10時30分の締め切りは意外だった。 案の定、Aコース締め切りなのでRコースに申し込まれた方がいる。 気持ちはいたいほどわかるが丁重に事情を説明し、 Bコースに参加していただくようメールを送る。 申し込み不受理のメールを送るのもつらい。 「申し込み」はどうすればいいのかというメールも来る。 絶句。 午後8時、大阪Aを締め切る。とりあえず山場は超えた。 今日は早く寝るとするか。 右耳は相変わらず聞こえない。 昼食、ユーザ担当者と行く。 担当者の右側に座りたいのだが、混んでいるのでそうもいかず担当者の左側に座る。 会話、顔を思いっきり右に傾けて左の耳で聞こうとする。 会話はなんとか成り立つが、 話しかけられているのかどうかわからないのがつらい もう1週間様子をみよう 良くならなければ・・・やはり手術入院を覚悟か
2000年4月3日(月)マイ マーカペン ホワイトボード用のマーカ 薄いと後ろの席から見えにくい。 場所によっては使い古しのマーカーペンしかないときがある。 担当者にお願いして新品を用意していただくのだが たまに担当者がいない場合がある。 それは困る。 そこでそのときのためにマイマーカペンを買った。 類似品だと、持って帰ったと誤解されてしまういので ちょっと普通にない透明タイプのを買った。 今度、超極太マーカペンも用意しておこう。 「ここぞ」というときに使おう。 それにしても右耳はなおいっそう聞こえが悪くなってきた。 携帯を左耳、右耳、まったく聞こえが違う。 夕方、耳鼻科へ行った。 滲出性中耳炎で鼓膜の中に水がたまっていて 鼓膜が振動できずに聞こえが悪くなっているそうだ。 1週間、薬で様子を見て、それでも症状が良くならなかったら 鼓膜を切って水を抜く手術だそうだ。 万が一入院なら試験後か、 泣きっ面に蜂 弱り目に祟り目 追い討ちに追い討ちをかけられる1日だった 今夜は完徹か
2000年4月2日(日)新幹線 職業柄、立ちっぱなしのことが多い。 職業病なのか、1時間たっていると 足のつま先から水が抜けていくのがわかる。 もちろん靴の中は蒸れ蒸れ状態。 白い靴下は靴の染料で黒くなる。 そこで、サンダルを持参する。 講義前にサンダルに履き替える。 つま先を乾かし、冷却しながらの講義 快適、快適! これが意外に肉体的にも疲れないことも判明。 これからも続けよう。 夜、大阪の補講後、mitsuさんと和栗さんとで新幹線で東京に向かう。 (和栗さんは名古屋下車) 最近、新幹線に乗ると条件反射で寝てしまう。 目がさめたら品川あたり。 ほとんど車中では会話をしていない。 新幹線の座席=睡眠補充場所
2000年4月1日(土)年度替り 昔、公務員をやっていた時代、 今日もお正月にような雰囲気だった。 耳鳴りが始まってちょうど1週間。 相変わらず耳鳴りがする。 右の耳の聴力が落ちている。 左の耳を塞ぐとかなり聞こえが悪い。 どこまで続くのやら
2000年3月31日(金)有珠山噴火 昭和新山は畑の真中から噴火が始まったらしい。 長年住みなれている場所が火口になったら 生命や財産が、生活の基盤が脅かされる。 某民放のキャスターが浮ついているのが気になる。 今日は年度末、金曜日と重なって銀行は大変な混雑だったと聞く。 インターネットバンキングもタイムオーバで使えない。
2000年3月30日(木)待ち行列 今日は午後から「待ち行列」の講師。 一種過去問を用いながら説明。 こういう焦点を絞った研修もオツなものである。
2000年3月29日(水)耳鳴り5 耳鳴り5日目。 相変わらず耳鳴りがする。 おかげでタイトルが安易なまま。 最近デニムのジャケットが流行っていると聞いた。 意識してみるといるいる。 UNIQLOが仕掛け役?
2000年3月28日(火)耳鳴り4 相変わらず耳鳴りはするものの痛みと熱は治まった。 午前中病院へ。腫れはだいぶひいたようだ。 耳に脱脂綿。痛みの変わりにかゆみがやってきた。 夕方から雨。しかも風も強く荒れ模様のお天気 朝のテレビの天気予報があたったようだ。 もちろん荷物になるので傘を持って出なかったが 今回の雨は、日本付近の天気を左右する偏西風の強さや方角のゆらぎが 少ないので予報精度が高い。 昨日から夜のNHKの番組編成が変わった。 10時から「NHKニュース10」、 この番組のお天気キャスターである森本健成アナウンサーは NHKで唯一人の「アナウンサー」でかつ「気象予報士」だそうだ。 あれだけのアナウンサーを擁し、 毎日毎日、天気概況や天気概説を繰り返し語り、 気象に関する知識は自然に身についてくるはずなのに、 一人しかいないとは意外だった。
2000年3月27日(月)耳鳴り3 今日も朝から夕方まで講義。 帰りの電車の中で、右耳にランダム的にかつバースト的に激痛が走る。 右耳の中に壊れたラジオが入っているようだ。 駅に降りてホームから見える耳鼻咽喉科の看板を探す。 病院へかけ込む。 診断は中耳炎。 もう少し腫れが大きいと切開手術が必要とか 腫れが聴覚神経を刺激して耳鳴りがするらしい。 飲み薬と塗り薬で治るといわれて、ひとまずほっとする。 消炎用?のガーゼを耳の中に入れる 抗生物質と痛み止めをもらう。 明日午前中の打ち合わせをキャンセルする。 午後からは講師だ。こちらはなんとしてでも行かねば 体温38.5℃ 発熱のせいか、のどが乾く。2リットル入りの爽健美茶を 一気に半分飲む。 もちろん禁ビール とりあえず早く寝よう。 ヒツジが1匹、ヒツジが2匹、ヒツジが3匹・・・ ではなくて 激痛が1回、激痛が2回、激痛が3回・・・ 平均到着間隔が○○で、平均サービス時間が△△ 眠れないぞ、こりゃ
2000年3月26日(日)耳鳴り2 朝起きて相変わらず耳鳴り、痛みがはしる。 今日は、iTAC一種塾 きつい 発熱のせいか、立ちっぱなしだと膝の関節が痛む。 こんなに病弱だったのか? 去年の冬は一度も風邪をひかなかったのに この冬は何度となく病魔におそわれる。 「耳鳴り」でWeb検索してみる。 出るは出るは10000件近く ・「耳鳴り」の原因の10%は死につながる病気である。 おー、怖がらせるなよ、 しかし風邪もこじらせたら死につながりかねないと自己納得 ・「耳鳴り」は劇的に病状は悪くなることがあるが、劇的に病状はよくならない そっかぁ、辛抱が大事なんだ その中でもこちらは参考になった。 掲示板形式はいろんな意見があってよい。 それにしてもWeb検索はありがたい。単身者の病気の相談所
2000年3月25日(土)耳鳴り 今日は10時からそのやる気のある協力会社。 しかし、 まずいラーメンと言ったバチがあたったのだろうか。それとも、 やる気の無い会社の悪口を言ったたたりだろうか。 朝9:45、突然右の耳が耳鳴りとともに耳が痛くなる。 自分の声が耳の中でこだまする。 午後からは激痛がはしり、熱も出る。 取りあえず、早く帰って寝よう。 携帯電話を右耳で聞いてみる。 普通どおり聞こえる。 鼓膜は大丈夫みたいだ。
2000年3月24日(金) 昨日に引き続き、午前中は、いつものやる気の無い会社。 今日は机の並びが、6列。 やはり後方の列に座る。 この会社の研修担当の意気込みは相当なものだが、 受講生はそうでもない。 講義中の皆さんの態度を是非見ていただきたい。 システム会社の割には上昇指向が無い。 何度も休み時間の皆さんの雑談を聞いたが、 情報システムに関する話題も一度も聞いたことが無い。 株が上がった下がった、ローンとか、 むろんそれらを否定する気は無いが 自然と情報システムの話題が出てくるであろう。 情報システム会社なのだから 実際の現場での情報処理技術に対する価値観が違う 協力会社のいいなりになってる姿が目に浮かぶ。 その協力会社も、私の講師先。 もちろんモチベーションの高く講義中のツッコミも厳しい。 夜、打ち合わせに行く。 とんでもない商談が舞い込んできた。 新入社員研修、ぶっとおし40日間、3クラス 当然スケジュール的に私はできない。 プロデューサをやる。 講師がいるかどうか。
2000年3月23日(木)会社説明会 午前中は、いつものやる気の無い会社。 今日は机の並びが、6列。 午後から会社説明会だそうだ。 講義開始。相変わらず、時間には一人もいない。 一人、また一人入ってきて、30分経過で集合? 見事に全員、後方3列に並んでいる。 前方3列には一人もいない。 おもわず笑いたくなる。 そんなに嫌われてるのかぁ、私は きっと会社説明会のときは率先して最前列に並んだのだろうな 午後は人数は少ないけどやる気のある会社で一息。
2000年3月22日(水)
2000年3月21日(火)長丁場 今日は、8:30〜17:30の長丁場の講師。 やはりキツイ。
2000年3月20日(月)3連休(3) 3連休3日目。 3連戦の方は疲れが見えてくる。 明日の講師は朝早く、長丁場、しかも横浜なので 横浜に宿泊する。 桜木町の観覧車がきれいだ。しかし海風は寒い。
2000年3月19日(日)3連休(2) 今日の一種塾は、補講で卓球やバトミントンが用意されている。 気分転換にうってつけだ。 いい汗をかいていただきたい。ただしケガには十分注意を ケガをして入院したら元も子もない。 その後の飲み会でiTACのメンバと iTAC論で意見が食い違ってしまう。 冷静に考えるとiTACをよくしようという表れ。 貴重な意見として拝聴せねばとちょっと反省。
2000年3月18日(土)3連休(1) 巷では今日から3連休。 しかし一種塾東京AとNSP塾東京Sの塾生の皆さんは iTAC漬けの3日間。
2000年3月17日(金)3人 今日の講師先、参加者3名 人数少ないとお互いに緊張するものである。 100人教えるのと3人教えるので、 どちらが楽だといえば100人 ヤリガイでいえば3人
2000年3月16日(木)ラーメン まずいラーメンでも安ければ何とも無いが 高くてまずいラーメンだと1日中、不愉快な思いをしてしまう。 店に入った瞬間、テレビに出てくるようなこだわりの店で 「ラーメンのみ、ライス、餃子なし、水は自分で」と貼り紙がある。 とりあえず味噌ラーメンを注文する。 一口、口に入れた瞬間 「?」 スープぬるさといい、麺ののび加減といい これでこだわってんのか! ただ手を抜いてるだけじゃないか! あー、まずかった これで300円なら許せるが 650円はすごく損した気分。
2000年3月15日(水)
2000年3月14日(火)
2000年3月13日(月) 新幹線、12号車20番A 東京に向うと車両の最前列。足が伸ばせなくて窮屈。 ふと足元に目をやると、発見! おやおや、こんなところにコンセント 100Vコンセントはありがたい。 新大坂−博多のレールスターのビジネスシートには コンセントがあるという話 いつかは乗ってみよう あとは常時接続可能のRJ45のジャックが新幹線の座席にあれば 1000円割高でも乗ってしまうだろうな。
2000年3月12日(日)
2000年3月11日(土)
2000年3月10日(金) 3月10日、12日と大阪で仕事 ならば11日は大阪でのんびり そうもいかず、11日は東京で仕事 元々11日は休みの予定だったが、例の火中の栗で 無理やりはいってしまった。 3日で大阪2往復。 大阪も通勤圏か?
2000年3月9日(木)新幹線の食堂車 昨日の日比谷線の事故。 事故発生時刻は講師をしていたのでアリバイはあるが、、、 地下鉄の地上部での事故。 いつも通過している場所、身近な場所だけに関心がある。 マスコミは報道していないが、あれが地下部で発生していたらと 思うともっと犠牲者が出て、パニック状態になったであろう。 それにしても、偶然に乗り合わせていたマスコミ関係者の多いこと さて、 東海道山陽新幹線の食堂車が3月10日をもって営業終了、 しかも運良く大阪出張。 さっそく今日の「ひかり121号」食堂車近くの座席指定券を確保する。 12:52入線、荷物を席に置いた後 案の定、食堂車には10数人が発車前から並んでいる。 もちろんその列の後ろに並ぶ。 13:07発 やがて、席へ案内される。 席は合い席、見知らぬ同士だが話が弾む。 LAST謝恩全品1割引、 しかもハンバーグランチが1000円とは安い まずは、ビールで、車窓を見る。 天候も最高、絶景の富士山を眺める。 時速200Kmの展望レストラン 新丹那トンネルを抜け富士山が車窓一杯に入ってくる。 思わず歓声があがる。 やがて料理が この日ばかりは料理が早く出ることを恨んでしまう。 25年前の、昭和50年3月10日、山陽新幹線博多開業 うちの近所に新幹線が走るなんて、と感動 貧乏だった大学時代、金が無くていつかは食堂車に行こう! と心に誓ってた。 大学で東京に出たときも、 就職で山口に帰ったときも 転職で再度東京に出たときも すべて節目節目は100系新幹線だった。 花粉症ではないが目がうるんできてしまった。 静岡を過ぎ、安部川を渡ったところで、唯一、 東京に向って右側の窓から見える富士山に堪能する。 これで本望を達成する。 お会計 ビール(中瓶)2本 × 409円 =918円 ハンバーグランチ 1000円 消費税 95円 合計2013円 浜松あたりで自席に戻る。
2000年3月8日(水)野菜サラダ 今朝、「松屋」のハムエッグ定食を食べたが、 野菜サラダが出てこなかった。 しかも気がついたのは食べ終わったあと。 うーーむ、損した。
2000年3月7日(火) 朝、新宿から晴海行きのバスに乗る。 電車で行けば早く着くのだが、 バスは確実に座れて景色もいい。 特に半蔵門から桜田門への濠沿いの道は 逆光の朝陽に映えて、好きな景色である。
2000年3月6日(月)養生 講師があるので、養生もしていられない。 しかし天気が良くなり暖かくなって 花粉が飛び出したころから具合が良くなってきたのだから 花粉症ではないのだろう。 まぁ普段から鼻は弱いのだが こんな日にかぎって今日もやる気のない生徒さんが集まる 某証券系システム会社。 思いきって研修担当の方に机や椅子を必要数だけ残して あとは片付けていただくようお願いした。 残った机もほとんどホワイトボード密着 皆さん入室して最初は戸惑っていたようだが 効果覿面 内職したり、寝ることもできず、 話しを聞くしかない状況になってしまった。 しかし、こんなことまでしなくとも・・・
2000年3月5日(日)ついにリタイヤ iTAC一種塾B.体調は最悪。 講義中にちょっと中座して、トイレで吐く。 16時、美月さんに講師をバトンタッチ。 美月さん、いきなりアルゴリズム解説だったが ぶっつけ本番で、時間ぴったりに終わる。 さすが 補講にも行けず、駒込から直接タクシーで帰る。 風邪薬を飲んだせいか眠くなり20時には就寝。
2000年3月4日(土)風邪をひく 朝から喉鼻の調子がおかしい。花粉症かな? しかし外は雨、花粉はそんなに飛んでいないはずだが ティッシュを鼻にあてながらの講義。 まぁなんとか1日持った。
2000年3月3日(金)
2000年3月2日(木)
2000年3月1日(水)今日から3月 春ですね。行く冬を惜しみながら。
2000年2月29日(火)ニンニクの日 今日は4年に一度のニンニクの日 ニンニクは大好物だが明日も人前に立たなければならず断念 月末処理に追われる。
2000年2月28日(月)安穏 また例によって今日はやる気のない生徒さんが集まる 某証券系システム会社。 週の初めから、こういう会社だと気が重い。 週末のiTACが遠くに感じる。 しかし、前回のカツ(過去問)で雰囲気が若干変わってきたような ところで、このシステム会社の社員食堂でひとりで昼食中 ふと目の前に座ってるかたの名札を見たら、 おやおや火中の栗の会社の方 たぶん請負でここにいらっしゃているなんだろうな どうしてこんなにモチベーションの差が出るのだろう 「安泰感」と「危機感」という言葉を思い浮かべて一人納得
2000年2月27日(日)名古屋塾 午前中、名古屋塾におじゃまする。 朝一番の新幹線で名古屋へ しかし、またまた事件発生。 正義感を盾に小躍りしてしまった自分に 反省
2000年2月26日(土)火中の栗第ニ回 「渦中の栗では?」というご指摘をいただいたが 広辞苑で調べたらやはり「火中の栗」。 火中の栗、順調順調、真剣に向かってこられるので 私も受けて立つ! わかろうとするから、こちらもわかろうとしてあげる おもしろい 6時間があっという間 肉体的にはかなり疲労してるが
2000年2月25日(金)休養十分 昨夜は午後8時就寝。 久々に8時間寝た。休養十分! しかし、頭を悩ませる問題多数発生、あーー
2000年2月24日(木)効果てき面 例のやる気の無い会社 定刻に3名集合、講義開始後15分後にようやく20名集合 案の定、講義中ノートは取らない、電卓叩いて内職されている どうすれば話しを聞いてくれるのか そうだ! iTACのあの人を思い浮かべた。 そう、実習中に過去問の話しを始めたら途端に目を輝かせた人 さっそく研修担当の方にお願いして過去問をコピーしていただく。 案の定、「こんな風に出題されますよぉ」と語ると問題にメモメモ 効果てき面、しかし我れながら情けない
2000年2月23日(水)ダブルヘッダー 午前と午後で別会社の研修 1時間で移動なのでタクシー移動
2000年2月22日(火)松屋 実は、私の肉体の1/3は松屋でできている。 そうファーストフード(牛丼)チェーンの松屋の朝定食を毎朝食べている。 残りの2/3はビールだが 毎朝、松屋で1日を占う。 私がお店に入ったときのお客さんの数と、私が店を出るときのお客さんの数の差 増えていれば、私が連れてきたお客さん。だから私は福の神。きっと上昇運だろう 減っていれば、私がお店に入ったことによって、お客が来なくなった。 つまり私は貧乏神、下降運だろう 今朝は5人→3人
2000年2月21日(月)プレステ2 プレステ2は、冷蔵庫、洗濯機、掃除機と並ぶ家電品。 しかし予約に間に合わなかった。 時期ロットを待つとしよう。
2000年2月20日(日)
2000年2月19日(土)
2000年2月18日(金)
2000年2月17日(木)たまには 飛行機のパイロットが地上勤務になっても操縦のカンが失われないよう 定期的に操縦訓練をするという。 私も講師ばかりで現場を離れてばかりいる。 たまには現場で、 ということで今日は現場訓練。
2000年2月16日(水)忘れ物 気がついたらYシャツの上にコートをはおっていた。 外観上問題ないので大勢に影響はなかったが 以前にネクタイをし忘れたことがる それよりはよしとしよう 今日の講師先、相変わらずモチベーションが低い。 開始時刻5分過ぎても4人。 始めてみれば話しを聞かない。 ノートは取らない。 居眠り多数。こちらまで眠くなるぞ。 話しを聞こうとしない相手に話しかけるほど虚しいものはない。 週末のiTAC塾が待ち遠しい。 もう2度とこの会社では講師をやらないぞと心に誓う。
2000年2月15日(火)
2000年2月14日(月)
2000年2月13日(日)
2000年2月12日(土)火中の栗を拾いに

2000年2月11日(金)NSP塾大阪S 今日から3連休。ウィンタースポーツ花盛り。 しかしiTACは10月試験目指して始動。 最終新幹線で帰京。
2000年2月10日(木)リレーションその2 某大阪市内で研修講師 お昼休み、横断歩道の信号待ちをしていたら 向こうで手を振っている人 よく見ると、iTACの方 工事担任の願書入手をご一緒していただく 偶然の4乗
2000年2月9日(水)リレーション 午後7時東京駅新幹線乗り換え口、なぜかiTACのメンバ4人集まる。 まったく違う職場から大阪へ向う4人が、待ち合わせをしていないのに 偶然の3乗で揃ってしまった。 もちろん大阪まで新幹線自由席でミニOFF会 4人のうち1人はお連れの方もいたが、それを振り切ってOFF会に参加。
2000年2月8日(火)雪 夜9時、東京地方は吹雪。すぐに雪はやんだが なぜかイルカの「なごり雪」を口ずさんでしまった。
2000年2月7日(月)火中の栗 今日は午前中でUP。 元々午後からはFREEの予定だったが打ち合わせが入る。 東京S社、DSP対策(6回)をしていた講師が3回目でクビになり 4回目以降の講師について、事情が事情だけに並の講師ではつとまらないだろう、 というより、他に講師をあたってみたけど断られたらしい ということで 急遽、私が代理講師をつとめることになった。 既に入っていた別会社の講師予定をキャンセルして (キャンセルした研修講師は、○○ゃ丸さんへ) その3回分のアンケートを見せていただく。 目を覆う感想ばかり。 どう見てもデータベースの基礎理論をご存知ない。 それも問題ではあるが、もっと問題なのは、 受講生の質問をさえぎり、質問に答えず質問自体そのものを否定している。 しかも一人ではなく複数の人に これじゃクビになるわけのも無理はない。 講師のプライド(うぬぼれ)もあるだろうが、 もっと受講生の立場になって講義やらねば しかし、私の目から見て、もっとひどい講師もたくさんいる。 講師は時給制、時間がくれば「はい終わり」で、 その時間以降は責任がない、いい商売だから さて、火中の栗を拾いに行きましょうか。 ...本音は拾いに行きたくてうずうずしてる私であった
2000年2月6日(日)一種塾2回目 iTAC一種塾でもNSP−Rコースの主旨を説明。 やはり多くの賛同。 関東関西ともOK! あとは誰に講師をお願いするか ところで 同時開催、DSP塾MコースにNコースからの振替えで出席された方で 10年前、某F社時代に同じ職場だった人が。 申し込みの時点で、気になるメールアカウントだったがやっぱりそうだった。 某F社退職→独立→バブル絶頂→バブル崩壊→家庭崩壊 iTACで唯一、私の過去を知ってる人...
2000年2月5日(土)ギャップ 今日は、大阪S社。 今年春向けの企業研修の中で一番モチベーションが高い。 すでに研修は講義形式ではなく雑談(ディスカッション)形式。 質問が飛び交う。1日があっという間。 夜は京橋でiTAC一種塾のメンバと合流。 NSP−Rコースの主旨を説明。 賛同者多数。これで行こうと思う。 最終のぞみで帰京。午前1時帰宅。
2000年2月4日(金)忙中閑 午前中、銀行、郵便局への用を済ませ比叡山に登る。 ケーブルカー、ロープウェイ乗り継ぐ。 しかし頂上は猛吹雪で延暦寺をあきらめる。 帰りに交際会議場前を通過して、下鴨神社へ 鴨川の合流地点に行く。 河原から見る上流は、まるでNHKテレビを見ているようだ。 河原でNSP塾Rコース創設を思い、構想を練る。 RはRetryコース。
2000年2月3日(木)午後3時 A社3回目、今年春向け対策で一番モチベーションが低い。 1日が長い。 午後3時 iTACならば「あー、あと2時間しかない、どうしよう」 こちらは「あと2時間もある、どうしよう」
2000年2月2日(水)睡眠不足 スキー、合格発表、申し込み開始で睡眠不足が続く。 たまには8時間睡眠したいが悲しい習性。 夜明けには目がさめてしまう。
2000年2月1日(火)NSP塾Sコース申し込み開始 午前0時に合宿とNSP塾Sコースの申し込みFormを用意して就寝。 某氏より午前1時連絡入る。 「NSP塾Sコースの申し込みFormへのリンクがない」 すぐに修正。 しかしその時点で13名の申し込みが??? 申し込み対応で、朝まで一睡もできず。 夜明けに東京は定員20名を超えるが、 会社に行かないと申し込みができない人を考慮して申し込み受理を続ける。 午前11時、さすがに37名になったところで札止め。満員御礼! NSP塾への関心度、期待度の高さに改めて身が引き締まる思い。
2000年1月31日(月)合格発表 合格発表ごとに悲喜交々。 全員合格していないと成功とは言えない。 一番つらい日でもある。
2000年1月30日(日)長野OFF 久々のスキー。 半日とはいえ、ガンガン滑る。 なにせ次回スキーできるのは1年後?それとももう終わり?
2000年1月29日(土) スキーOFFに向うため、大糸線の快速に乗る。 1車両に2人。いわゆる「夜汽車」
2000年1月27日(木)小災難 誕生日以降、 ・携帯電話を忘れる(1日通信不能) ・プロバイダに繋がらない(モバイル不可) ・自転車のパンク(タイヤ交換で4800円取られた) ・掃除機のホースを足に引っ掛けて棚の上から段ボール箱が落ちてくる など、自分の不注意もあるが、たて続けに小災難が襲ってくる。 やはり、厄なのだろうか。 大災難を小災難で分散化しているのか、それとも大災難の前ぶれか もう2〜3回小災難が続くようであれば厄払いに行こう。
2000年1月26日(水)○目さん 午前と午後で違う会社に講師としていく。 同じ内容の講義をして、こうもモチベーションも違うものかと感心する。 午前は、後方の席から埋まっていく、しかも両脇から。 午後は、最前列中央から席が埋まっていく。 その最前列中央には、○目さんが座っている。
2000年1月25日(火)101010 2進数(101010)を10進数にせよ。 小学校6年のとき、卒業文集でテーマが「西暦2000年の私」を 書いた覚えがある。 今から30年前地方都市なので、コンピュータのかけらすらない。 その頃のトレンドといえば、「鉄道」「飛行機」「万博」 たぶんそのあたりを書いたと思う。きっと
2000年1月24日(月)合格発表日決まる 合格発表が31日に決まった。 また悲喜交々。 例えiTAC塾の合格率が高くても手放しでは喜べない。 全員合格してこそ初めて喜べる。 といいながら合格者検索用の名簿を作成する。 あいうえお順で
2000年1月23日(日)電通主任試験 ×法規 17/30 工担以来、何も勉強していなかった。 ハナから法規はあきらめていたが、思いがけず点が取れていた。 あと1問正解で6割到達。 「国際電気通信連合憲章」を一読しておけばと悔いが残る。 ○伝送交換設備及び設備管理 38/44 ここを重点的に勉強したのでまずまず。 しかし「AMI符号」と「3値符号」をひっくり返して解いてしまった。 あと間違ったのは、「スイッチングDC−DCコンバータ」 こんなの聞いてないぞ ◎データ通信 たぶん9割以上(記述式) 取りあえずここは安全パイ 問題配られて始めて6問中4問選択だということを知る。 なおさらラッキー △電気通信システム △ 13/20  工担で免除科目だが時間が余っていたので解いてみた。 ということで法規だけ追試。
2000年1月22日(土)寒波 昨夜の満月はきれいだった。 この冬一番の寒波が襲来しているらしい。 しかしこの程度の寒波は通常の年なら何度も押し寄せている。 やはり暖冬か。 今日は、iTAC一種塾Aコース1回目を聴講に行く。 というより聴講しながら電気通信主任技術者の試験勉強。 「伝送交換設備及び設備管理」だけはなんとかせねば
2000年1月21日(金)3人 今日はE社DSP1回目 受講生は3名 人数少ないほうが緊張する 逆に居眠り0 お互いに真剣勝負 これもまた楽しみ 帰路99円Shopによる。 割安感を全面に出している。 たしかに割安な商品も多種あるが 生鮮食料品は逆に割高 豚肉のバラ肉、50gもないであろう(表示がない)で99円 それならば近所のスーパーの方が安い。 500mlペットボトル(ある程度メーカー品)が99円は安い。
2000年1月20日(木)OFF OFFといっても飲み会ではない。 久々に一日家で過ごす。 しかし、iTACのメンテナンス、銀行、電話での打ち合わせなどなどで 気がついたら夕方
2000年1月19日(水)生活習慣病検診 とりあえず今回も健康だった。 バリウム飲んだ後の下剤の後遺症がまだ残る。
2000年1月18日(火)睡眠不足の補充 A社2回目 あいかわらずモチベーション低い。 「こんばところで睡眠不足の補充をするなよ」 「せっかく会社が高い金を払って講師を呼んでいるのにもったいないなぁ」 などと心にささやきながら講義を進める。 もちろん時間どおり iTAC塾が懐かしくなる。
2000年1月17日(月)再会 今日はD社で一種講師。 12年前、富士通時代に同じプロジェクトにいた人が生徒。 先方から言い出さなければ気がつかなかった。 お互い、数奇な人生を歩んできたようである。 お昼休みに研修担当者から、2000年秋NSP研修についての打ち合わせ。 iTAC同様、5月からスタートで12回。 今年の秋は全般的に早めの立ち上がり。
2000年1月16日(日)iTAC 一種塾Bコース始まる やはり、ここが私の安住の場だと感じる。
2000年1月15日(土)大阪その2 今日も大阪C社でDSP講師。 参加者20名。 こちらの会社はモチベーション高く 前方から席が埋まっていく。 もちろん、質問が飛び交う。
2000年1月14日(金)大阪 大阪B社でDSP講師。 参加者7名で誰一人気を抜けない状況。 夜、満川さんと久保さんで会食する。
2000年1月13日(木)講師いよいよ 今日から2000春情報処理技術者試験に向けた講師が本格的に始まる。 A社にて午前PE、午後一種といきなりダブルヘッダー あいかわらず席は後ろのほうから埋まっていく。 遅刻してきたらばつが悪そうに前方の席に座る。 こういう場合は、練習問題を出して、最後方に回って皆さんを眺める。 やはり緊張感が走る。 次第に口が滑らかになる。
2000年1月10日(月)テーマソング 朝の雨 暖冬に憂いを感じる。 電通主任の勉強会が終わって帰宅。 久々に月曜夜のアニメを見る。 「金田一少年の事件簿」「名探偵コナン」 アニメの内容とテーマソングが完全にミスマッチ もちろんエンディングテーマも 音楽業界の営業戦略なのだろうか虚しさを感じる 今アニメを見てる少年少女達が大人になって アニメといっしょにテーマソングを口ずさむことができるのだろうか・・ 「♪そばかすなんて〜」 あ、今年の1月17日も月曜日だ
2000年1月9日(日)名古屋 名古屋勉強を始めよう塾 20名全員出席。 その後の新年会。 パワーを感じた1日。 帰りの新幹線。疲れで爆睡。
2000年1月7日(金)あと100日 春の情報処理技術者試験まであと100日。 今のところ、100日中講師は92日、のべ524時間予定されている。 昨年の秋のように49連戦はないにしても超ハードなスケジュールである。 残った8日も風前のともし火。
2000年1月6日(木)専用線環境 一週間ぶりの専用線環境。 この一週間はずっとモバイル環境だった。 専用線のないみずおかは、クリープのないコーヒーみたいなもの。
2000年1月5日(水)青春18きっぷ その4 東へ ◎大阪6:03→米原 ひたすら眠る。 大阪から京都の間は空いていた。ずっとこのままかなと思っていたら 逆に京都を離れてからが満員。普段の通勤電車です。 みなさんどこへ行かれるのでしょう。疑問。 ◎米原→大垣 昨年の12月4日のダイヤ改正で平日は米原、関が原方面から名古屋方面の 直通がかなり減った。通勤電車もご多分でもない。 それならそれで、大垣駅の乗換えを楽にして欲しいところ。 ◎大垣→名古屋9:04 ◎名古屋9:18→多治見 ◎多治見→中津川 センターライナー1号 多治見からなら座席指定券(310円)は不要。 JR東海の新型車両は乗り心地いいぞ ◎中津川→木曽福島(特急) ここで反則。なにせ次の各駅停車は11:59 「ここだけ時は金なり」で大枚2100円奮発して、 先に走っている各駅停車を追い越す。 木曽川沿いの景色は絶品。 ◎木曽福島→松本 ◎松本14:28→立川18:24 松本市内を散策。信州そばを堪能する。そのお店で時刻表を紛失する。 約250Kmを4時間かけて走る各駅停車。 途中数回特急を先に行かせるため5〜6分停車。 モバイルな私にとってはありがたい。 私の場合、講師以外の仕事は、携帯電話とパソコンさえあれば、 日本中、電波さえ届けばなんとか仕事ができる。 バッテリーのもつかぎり 車内で請求書や見積書を作ってメール又はFAXで送信して、 銀行残高照会に振込みまで。 甲府を過ぎたあたりで日が暮れる。 ◎立川18:27→新宿19:04 すっかり東京。 ◎西武新宿→野方 新宿の吉野家で「けんちん定食」を食べて帰宅。
2000年1月4日(火)青春18きっぷ その3 東へ ◎防府8:06→岩国9:46 この電車は広島空港のある白市行きだがあえて岩国で降りる。 山陽線上りで乗り継ぐ場合、テクニックを要すれば意外と早く到達する。 この路線、瀬戸内海沿いに走るので、進路方向右側は景色が抜群に良い。 ◎岩国10:09→福山12:30 この電車も岡山行きだが福山で下車。 尻暖房が異様に熱いぞ。うららかな太陽の下、温室効果抜群で 1月というのに汗だくだく セータを脱ぎ、ついには窓も開けた。 ◎福山12:31→岡山13:17 サンライナー ◎岡山13:21→姫路14:45 岡山駅1番線ホームから14番線ホームへわずか4分の乗り換えは 病み上がりにはキツイゾ 私の場合、車窓の風景を眺めるのが最大の楽しみである。 だから、闇の中を走る「ムーンライトながら」には 一度も乗ったことは無いし、今後も乗らないだろう。 あと、列車の旅は曇りか雨の日がいい。 天気がよく陽射しが入ってくるとブラインドを降ろされてしまう。 そうなると、寝てしまうか、列車の天井のシミを分析するか、 車内広告を詳しく読むか(地方は広告が少ない)、パソコンを打つか 暇つぶしがなくなってしまう。 なるべく陽の当たらない側に座りにいくが、混んでいるとそうもいかない。 ということで、今はパソコン入力中。 ◎姫路14:57→尼崎 姫路で遅い昼食。 駅ホームのそば(うどんがなかった)の麺はラーメンの麺だった。 姫路・大阪間約90kmを1時間。つまり平均時速90km ◎尼崎→北新地 意外とこの間は駅が多いことに気がついた。 北新地の駅を出て銀行で一仕事
2000年1月3日(月)ようやく初詣 体調回復。咳などの後遺症は残るものの熱は平熱に下がった。 食欲も元通り。 2日禁酒したせいかこのまま飲まなくてもいいかという気になる。 2ヶ所初詣に行く。 願いごと?「iTAC塾のみなさんが合格しますように」 夜、19:15からNHKドラマを見る。 吉田松蔭と高杉晋作の師弟関係のドラマ。 実はiTAC塾の理念は、松下村塾の建学の精神も参考にしています。 詳細は、吉田松蔭の書籍を
2000年1月2日(日)最悪の正月 その2 熱はやや下がったものの 今日も一日、寝込むことにする。 あーこれぞ悲しき寝正月。ゲホゲホ おかげで箱根駅伝、スタートからゴールまでゆっくり見れる。 兄家族が帰る。 リンゴ8切れ、夕食は普通。ただしビールはまだ飲めない。
2000年1月1日(土)最悪の正月 私の2000年問題、正月早々ウィルスに冒されてしまった。 私のパソコンにではなく本物のウィルスに。 たぶんインフルエンザだろう。 発熱(39.3℃)、悪寒、咳、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、 間接の痛み、吐き気、食欲不振、だるさなどなど、 風邪の諸症状を一手に引き受けてしまった。 列車内の過剰な暖房も一因だと思う。 一日寝て過ごす。 吐き気のため何も食べれない。もちろんビールも おせちどころか、一日、りんご2切れで過ごす。 毎年、正月は、初詣して、朝からビールを飲んで、昼寝して 目がさめたらまたビールを飲んでまた寝るというパターンが 崩れてしまった。
1999年12月31日(金)大晦日 ジャン先生と萩までドライブ。途中峠越えは雪道だった。 松蔭神社をはじめ萩市内観光をする。 昼過ぎの新幹線で帰られる。 その後、兄家族も帰省。ただし兄以外。 兄は2000年問題で年越し待機らしい。
1999年12月30日(木)山口OFF 雪の残る山口市内で8人集合。 歓談及び山口市内巡りで過ごす。 ここからの文章はくれぐれもOFF会に出られた方を 指して言っているのではありません。 ローカル番組を見ていて 昔から思っていたが山口県人の気質は、 新しいものについて、自分でするのではなく、 誰かがやるのを物陰からこそっとみてて、 よければ自分に受け入れるというところがある。 自分から何かを始めようという気概が無い。 山口にJリーグチームを作ろうとか ワールドカップを誘致しようという動きすらない。 130年前と大違い。 山口県内のJR駅の列車到着と発車合図の音楽(オルゴール)が 全駅、東京の某駅と同じ音楽だったのは悲しかった。
1999年12月29日(水)青春18きっぷ その2 西へ ◎大阪5:41→西明石6:46 ◎西明石6:47→岡山8:52 隣の座席に座った人同士が年賀メールの話題。 「どうすれば元日に届くのか。。。」 ◎岡山9:05→坂出9:45(マリンライナー) いよいよ本四架橋。 四国に向って右側に座ったが、逆光でも左側のほうが景色がよかったみたい。 ◎坂出10:08→観音寺10:54 坂出駅でちょっと時間があったのでホームで讃岐うどんを食する。 駅うどんとは思えぬはごたえ、さすが本場 ◎観音寺11:35→伊予西条12:43 3両編成。 ◎伊予西条12:48→三津浜14:40 1両編成。 駅ごとに3分停車。単線なのですれ違いはしょうがない。 ◎三津浜港15:30→柳井港17:50(フェリー) 貧乏旅行なので港まで約2km。歩く。 フェリーは一番景色のいい最前列に座った。 瀬戸内海は穏やかで沈む夕陽がきれいだった しかし、2時間余りの船旅。景色もあきてしまった。 寝るに限る。 ◎柳井港17:55→防府19:02 おっと、この電車も「青春18きっぷ度」が濃いいぞ よもやと思って時刻表を見ると「ムーンライトながら」からの 接続だとちょうどこの電車になる。
1999年12月28日(火)青春18きっぷ その1 西へ 4:28中野駅発で中央線→大糸線→北陸線まわりで 雪山と日本海を見ながら大阪に向かう予定だったが 目がさめたのが4:30。 急遽予定変更、東海道線で西に向うこととする。 ◎東京6:32→沼津8:44 なにごともなく寝ていた。 ◎沼津8:47→豊橋11:39 長距離普通列車はありがたいです。 ◎豊橋11:47→大垣13:08(新快速) 12月4日のダイヤ改正で新型車両、以前の車両と違い足が伸ばせて楽 ◎大垣13:45→米原14:18 新快速は、大垣駅1番線ホームに到着。 ドアが開くと同じに3番ホームへの猛烈なダッシュ。 米原行きは2両編成なので、もたもたしてると座れなくなる。 私は、大垣駅のホームのうどんやさんでのんびり昼食。 米原行き車内は「青春18きっぷ度」が非常に濃かった。 ※注「青春18きっぷ度」 1.荷物が大きい 2.時刻表、ペットボトル、おやつを傍らに置いている 3.疲れてる ◎米原14:23→長浜14:32 時間があるのでちょっとここから遠回り。琵琶湖を北から西へ回ってみよう。 「青春18きっぷ度」は、かけらもない。 ◎長浜14:33→近江今津15:21 交流直流両区間を走る電車ということで、どんな電車かと期待していたら おーなんと月光型(581系)の中間車両を改造した車両。 交流直流両用なので、かつては東北線常磐線で活躍していたのだろう 昭和40年代、昼間は座席、すぐに折り返しで夜行寝台と 高度経済成長時代を象徴するかのように24時間働いていた 特急のなれのはてである。 新幹線の普及で夜行寝台の需要が少なくなり、 いまはシュプール号や急行きたぐにで用いられている。 元の寝台の名残はあったものの、改造された姿は痛々しかった。 しかし、考えを変えてみると、30年経た今でも現役で走れるということは 頑丈そのものということなのか。 ◎近江今津16:07→大阪17:29(新快速)
1999年12月27日(月)免許更新 年末の挨拶回りの垣間をぬって免許更新に行ってきた。 5年ぶり7回目の免許更新。 閑散とした鮫洲の試験場を思い描いていたが、 さにあらず 午後1時には人人人でごったがえしていた。 それでも1時間ほどで手続きは完了。 この5年間無事故無違反いや無検挙だったので、 次回は平成17年の誕生日。 5年後いったい何をしているのだろうか やはり講師をしているのかな ふと気付いたこと。 今日の免許更新の大半が1月生まれの人 ということは、星座占いが正しければ、月によって 免許更新する人達の性格が違ってくるのだろう 「今月はやけに短気な人が多い」とか 「今月はうっかりミスの人が多い」とか 「今月は几帳面な人ばっかりだ」 それにしても鮫洲駅前の代書屋さんの客引きは どうにかならないのだろうか
1999年12月26日(日)年賀状 年賀状を書いています。 毎年、高校駅伝を見ながら年賀状を書くのが年中行事。 年賀状を書くといっても、今年いただいた年賀状を見ながら Excelファイルをチェックしているだけだが このあと、Freeの年賀状ソフトをダウンロードして 印刷して投函で終わり。
1999年12月24日(金)東京ミネナリオ 「神戸ルミナリエの物まねだ」、「原宿表参道の代替だ」と言われても きれいなものはきれい。
1999年12月23日(木)工事担任者試験 工事担任者試験、アナログ・デジタル総合種の合格通知書が届いた。 これで1年1以上資格取得のノルマ達成。 さっそく24日、手続きをしよう。
1999年12月21日(火)人間ドック 1月19日(水)人間ドック(生活習慣病検診)予約完了。 練馬区主催の人間ドック。 この前の東京大停電の日に練馬区役所で申し込んで 昨日、問診表が届いた。 毎年誕生日近くに、人間ドックで体の定期点検をしている。 身長・体重・血圧・脳波・心電図の計測に始まり、 尿検査、採血、眼底、バリウムを飲んで胃の検査などもろもろをする。 (なぜかいまだに身長が伸びている) 最後に診断医から診断結果の報告と健康相談になる。 毎年診断結果は、ほぼ同じで、「要注意事項」に○がいくつか並ぶ。 診断医から、「今は健康のように見えるけど」と前置きして 「お酒を控えなさい、体重を減らしなさい、毎日15分以上歩きなさい、 そうしないと生活習慣病になりますよ」と警告される。 しかし、その後、実際にお酒を控えたり15分以上歩いたりしないが まぁそれが健康の証しというものか。 今回も「緊急に精密検査が必要」事項に○がつかないことを願いつつ
1976年4月29日(土) 京都競馬場は朝から雨だった。 雨は午後からやんだが重馬場。 稀代の癖馬、父セントクレスピン、母パッシングミドリ 気分が向けばハナに立ち大逃げ、 気分が乗らなければ後方のまま。 「気まぐれな馬」と呼ばれた。 鞍上は福永洋一、この日は相当気分が良かったのだろう。 スタートから快調に逃げる。 2週目3コーナー、高低差4.5mの登り坂。 並の逃げ馬ならここでじりじり後退するのだが むしろ他を引き離す。 四歳時三冠路線のエリート馬たちを尻目に 3200mを逃げ切る。 12番人気で。 杉本清アナの実況もゴールで声がかすれる。 最近の容易周到な実況よりはるかにリアルである。 その後も、人気を集めれば格下を相手にあっさり敗れ、 人気薄の時は人を嘲笑うかのように見事な逃げ切り劇を演じた。 ことごとく人気を裏切った馬。 そのころ中央競馬会のトータリデータシステムは 大競馬場FACOM230−35 中競馬場FACOM230−10 小競馬場FACOM U−200 場外  FACOM230−38 前日発売FACOM R 48Kbpsの専用高速(←その当時は)回線だった。 (なぜこんなこと知ってるのだろう) よくこれだけのキャパシティでさばいていたもんだ。 杉本清アナウンサーの競馬実況にあこがれてアナウンサー志望になる。 大学のアナウンス研究会に入り毎回競馬場にカセットを持って行って実況の練習。 いわゆる変なやつ 府中に通う満員電車がいやで府中に引っ越す。 美浦トレセンに引っ越す時期だったが調教も見ることができた。 劇団から欠員がいるので手伝ってくれと、舞台に立ったことも 一瞬役者も目指す。 関西テレビの入社試験を受けるが「舌が短い」という理由で落第。 競馬人気が出たことと、もっと他に賭けてみたいことが出現したため 競馬をやめる。